五感で楽しむ京都・晴明神社

魔除け・厄除けのパワースポット

早坂亜希子です。

安倍晴明神社は、陰陽師安倍晴明を祀る晴明生誕の伝承地です。

 

2018年平昌オリンピックで、男子フィギュアスケート羽生結弦選手が金メダルを獲得したフリーのプラグラム「SEIMEI」。

この歴史に残る素晴らしい演技は、安倍晴明を主題としています。
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鳥居の額には、通常、神社名やお祀りしている神様の名前が多いのですが、この鳥居は社紋なので全国的にも珍しいものといわれます。

金色に輝く社紋は「晴明桔梗」。

 「晴明桔梗(せいめいききょう)」は、「五芒星(ごぼうせい)」とも呼ばれ、晴明公が創られた陰陽道に用いられる祈祷呪符のひとつです。

夕方になると、提灯のひかりが神秘的です。

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遅咲きのスター安倍晴明のカリスマ性

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 平安時代は、華やかに見える宮廷も裏では権力争いもあり、都には飢饉や疫病が発生していました。

飢饉や疫病は全て「怨霊」の仕業だと考えられていた時代に、陰陽師は人々の救いだったそうです。


安倍晴明は、賀茂忠行から陰陽道を教わり、陰陽師になったのは47歳の時でした。

 

なんと、青年期から40歳までの記録がないそうです。

平安の貴族階級の男性は、運動不足や栄養り、病気などが原因で一般庶民よりも短命で、平均寿命が35歳という時代に、晴明は85歳という長寿。

 

47歳から活躍した一部を紹介します。 

正暦4年(993年)

天皇一条天皇が病気になった際、禊(お祓いの一種)をした所、天皇はあっという間に回復し、晴明は正五位上に叙される。

寛弘元年(1004年)

84歳のとき、雨乞いの五龍祭をし、ずっと続いていた深刻な干ばつから都を救う。

 

晴明は陰陽寮を統括する土御門家(つちみかどけ)の礎を一代で築いたとされます。

 

ほかにも、石を一瞬で鉛のように変えたり、藤原道長に呪いをかけようとしていた蘆屋道満の企みを当てた伝説もあるそうです。

遅咲きながらも、着実に実力をつけ、天皇家一条天皇外戚である藤原道長から絶大な信頼を得て都や人々の不安を取り除いてくれた安倍晴明は、スーパースターだったと考えられます。

 

陰陽師のしごと

陰陽師は中国の陰陽五行説に基づいた陰陽道の影響により、日本で生まれた学問です。

陰陽師とは、宮廷の総務を担当した中務省(なかつかさしょう)の中の、陰陽寮での役職のことを指します。

いまでいうと国家公務員です。

安倍晴明は、フリーランスだったそうなので、実力の凄さが想像できます。

 

晴明神社にある「厄除桃」

 陰陽道では、桃は魔除け・厄除けの果物といわれます。

古事記』や『日本書紀』などでも魔物を追い払うことが描かれています。

「桃太郎」もこれに由来するものだと思われます。

 

 京都の空気と晴明神社の神秘的なエネルギーに触れ、とても清々しい気持ちになることができました。

いつもありがとうございます。

www.seimeijinja.jp